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活動報告

「名古屋労災職業病研究会」の機関紙に寄稿しました

2020.05.29

大企業の超過内部留保132兆円を、国民に還元せよ

愛知県議会議員 高木ひろし

 「デフレ脱却」を旗印に、安倍政権はこの7年間で赤字国債の大量発行を続け、その大半を日銀に引き受けさせてきた。「財政ファイナンス」そのものであった。そのデフレ脱却も達成できぬうちに、本当の未曽有の危機がやってきた。今回のコロナ禍である。こんな時こそ、国民の命と生活を守るために、百兆円単位の大胆な公的支出の出番なのだが、財政、金融にその余力は極めて厳しい。平時のアベノミクスで、その伝家の宝刀を使い尽くしてきたからだ。

 しかし、こういう危機のために百兆円単位のカネが日本経済内部に貯めこまれていたことを、思い出すべきだ。企業がこの20年間でためにため込んだ「内部留保462兆円」である。問題は、企業会計内部にふ頭にため込まれたこのカネを、どのようにしたら国民に還元できるのか。その論理と手法を、わが友人の水野和夫法政大教授が提起してくれた。

 次に引用するのは5月18日の毎日新聞に、水野教授が寄稿した提起の一部である。教授は、この論稿の前段で、中世に始まる資本主義の「蒐集」という本質がグローバリズムに行きつき、そして招き寄せた結果の一つが今回のコロナ禍だと分析し、その解決のためにこそ、「蒐集されすぎた」内部留保金の国民的活用が必要だという政策を導き出す。ぜひ、全文をじっくり読んでいただき、これが国民的提案となるよう拡散をお願いしたい。

内部留保463兆円

 日本の富は21世紀以降、企業に集中するようになった。企業の内部留保は19年3月末時点で463兆円に達している。企業が内部留保を重要視するようになったのは1990年代後半の金融危機や08年のリーマン・ショックで資金繰りに窮したからである。企業経営者はまさかの時に備えて増やすのだと説明していた。現在の危機はそれらを上回るのであって、今が「まさかのとき」に他ならない。

 内部留保が企業の固定資産に比べて急増し始めたのは、未曽有の金融危機に陥った98年の翌年からである。90年代は固定資産に対して内部留保は低下したので、89年までの上昇傾向を現在まで延長すると、内部留保は200兆円となる。企業が緊急事態に備えた内部留保263兆円(=463-200)は、将来の生産力増とならないので、生活水準の向上につながらない。

資本家の本質あらわ

 「主権者とは非常事態についての決断者である」(カール・シュミット)。日本の緊急事態宣言は飲食業などに休業を要請するが、補償はしない。その代わり罰則規定を設けていない。だからといって、この緊急事態に国民に布マスク2枚や10万円を支給することが「主権者」の決断ではあるまい。「主権者」である安倍晋三首相が決断すべきは、中西宏明経団連会長に対して首相の職を賭して132兆円の減資を要請することだ。

 経団連会長が拒否する理由はない。本来従業員と預金者に支払うべき賃金と利息を不当に値切った金額が累計で132兆円であり、緊急事態に即返還すべき性格のものであるからである。不当だというのは、労働生産性の上昇にもかかわらず賃金を減少させたり、利子と利潤の源泉は同じであるにもかかわらず、企業利潤率(ROE)に比例させて利子を支払わなかったりして、「救済」の経済理論に違反しているからである。緊急事態に備えた(Save)263兆円のうち132兆円は個々の企業と当該企業の従業員を結びつける必要はない。日本人全員の危機なのだから「日本株式会社」として全就業者と全預金者を含めた1億2596万人に還元すべきものであるからだ。

 減資に対しては株主が所有権の侵害だと訴えることが予想されるが、減資に反対する株主を公表すればいい。休業要請に応じない企業に対して企業名を公表するのは弱いものいじめである。休業要請に応じた企業に対しては、263兆円から132兆円を差し引いた131兆円が補償財源となる。不動産賃貸料は18年度で27兆円、資本金1億円未満の小売業および宿泊・飲食業の売上高は123兆円であるから、おおむね1年の休業に対応できることになる。

 もちろん、企業が早急に内部留保263兆円を減資するのは無理である。20年かけて緊急事態に備えて内部留保を積み増してきたのだから、20年かけて減資をすればいい。国は企業の内部留保を償還原資とする263兆円の新型コロナ国債を発行する。もし、この案に反対するというのであれば、企業はまさかのときに備えて内部留保を蓄積してきたということも、会社は社会的存在で顧客や従業員、仕入れ先などの利害関係者を重視しなければならないと株主に言っていたこともうそだったことになる。

 「例外は原則より興味深い。正常は何物をも証明せず、例外がいっさいを証明する」(シュミット)。まさに企業と株主と主権者が試されているのである。減資に応じないというのであれば、マルクスがいうように地球が太陽に吸い込まれて人類がどうなろうと資本増殖をやめないのが資本家の本質だということになる。

「共生」は経済重視

 263兆円の減資が「出口戦略」であるが、同時に「新たな入り口」も必要だ。それではじめて「不正」を「有用」と偽ってきた20世紀に終止符を打ち、我慢した代償としての成果を享受することができる。ケインズは1930年に「自分自身に対しても、どの人に対しても、公平なものは不正であり、不正なものは公平であると偽らなければならない。なぜならば、不正なものは有用であり、公平なものは有用でないからである」と指摘した。資本は人類の救済のためにあるから、不正な資本蓄積も大目に見てきた。内部留保に課税する方法では不正を「有用」だと認めることになるので、減資によって返還すべきだ。

 このケインズの言葉は、シェークスピアの「マクベス」からの引用である。そうであるとすれば、ケインズとシェークスピアは近代を偽りの時代だと見抜いていたことになる。だから、「ベニスの商人」で法学博士に扮(ふん)したポーシャは慈悲をシャイロックに求めるが、契約を重視するシャイロックは拒否し、最終的に財産を没収され喜劇として幕を閉じた。シェークスピアや「利子生活者(資本家)の安楽死」を予言したケインズは資本主義の終わり方を提示していた。

 もし、新型コロナ収束後においてグローバル化(全地球化)は不可逆的であるとの立場をとり続ければ、次々と襲ってくる新しいウイルスに無防備となり、減資は何度も使えない。我慢の先に「ウイルスと共生する社会」と「新しい生活様式」を要請するのは、感染症対策よりも経済を重視する姿勢が透けてみえる。共生すれば、仕事の性格上テレワークができない人の命をウイルスにさらすことになる。26兆円の補正予算はすべて感染症対策など医療体制の充実に回すべきである。

「より近い」秩序へ

 本来あるべき「新しい生活様式」とは「より遠く、より速く」そして「もっと多く」を求めず、「より近く、よりゆっくり」する生活様式に改めることである。そうしなければ、いつ感染するかもしれないと明日を心配して生きていかなければならない。

 新たな入り口にはケインズのいう次の原則が掲げられていなくてはならない。貪欲は悪徳であり、高利の強要は不品行であり、貨幣愛は忌み嫌うべきものであり、そして明日のことなど少しも気にかけないような人こそが徳をもった人であるという原則である。この原則は資本を過剰に保有するゼロ金利社会でないと実現できない。

 資本が過剰であるからゼロ金利となる。能力増強の新規設備投資と純輸出が不要となり、労働時間が節約でき、余暇が増える。そこで初めてケインズのいう人間にとって真に恒久的な問題、すなわち「余暇を賢明で快適で裕福な生活のためにどのように使えばよいのか」という問題に取り組むことができる。そして国際秩序も当然変わる。EU(欧州連合)程度の小さいサイズを単位とした「より近い」単位での地域秩序が形成されていくだろう。日本の近隣外交も問われているのである。